2026/8/9
【前編】カジヒデキ × カヒミ・カリィ特別対談 「好き」から始まった渋谷系ムーブメントの熱狂2026年、ソロデビュー30周年を迎えるカジヒデキ。8月24日には、アニバーサリーイヤーを記念した第一弾ライブが開催される。今回Ethology;では、ゲストとして登場するカヒミ・カリィとの対談を前後編形式でお届けする。
1990年代初頭から中盤にかけて、一大ムーブメントを築き上げた渋谷系は、音楽だけでなく、ファッションやアートにも波及していった。前編では、渋谷系音楽の中心的存在にいた2人に、知り合った経緯から当時の思い出まで存分に語ってもらった。
Interview&Text: Kyoko Sano
Edit: Ethology;
Photo: Dai Sato■下北沢ZOOでの出会いと、カヒミ・カリィの誕生。
カヒミ・カリィ(以下、カヒミ):カジくんとは私がデビューする前からのお付き合いになりますね。
カジヒデキ(以下、カジ):初めて会ったのは、下北沢のZOO(後のSLITS)かな?
カヒミ:瀧見憲司さんがCrue-L Recordsを起ち上げる前にZOOで始めたクラブ・イベントでみんな知り合ったんですよね。
カジ:そう。「Love Parade」というクラブ・イベントでみんな仲良くなっていった。bridgeが結成された1989年だったと思う。
―― その頃、カヒミさんは?
カヒミ:私は音楽雑誌『FOOL’S MATE』のフォトグラファーをしていて、ライターをしていた瀧見さんと知り合い、「Love Parade」に行くようになって。そこでみんなと出会えたことは大きかったですね。
カジ:カヒミ・カリィとしてデビューしたのも瀧見さんが起ち上げたCrue-L Recordsの第1弾コンピレーション・アルバム『BLOW-UP』(1991)でした。
カヒミ:瀧見さんがアルバムに女性ヴォーカリストが欲しいというので、「やってみる?」って声をかけてもらったんです。私が音楽や文章を書くのが好きなのを瀧見さんたちは知っていたので、できそうだとなんとなく思ってくれたんだと思います。
―― その前年、1990年にフリッパーズ・ギター監修のコンピレーション『Fab Gear』にカヒミさんはFANCY FACE GROOVY NAME名義で、カジさんもbridgeで参加しています。
カジ:bridgeはラッキーなバンドで、結成して間もない頃に2曲入りのデモ・テープを作って小山田(圭吾)くんに渡したらすぐに気に入ってくれて、『Fab Gear』に参加することになった。
カヒミ:『Fab Gear』も『BLOW-UP』も、ほんとに仲間うちで作った感じでしたね。
カジ:そう。みんな友だちで仲が良かった。僕も瀧見さんの紹介で渋谷の輸入レコード店、ZESTでバイトするようになった。
カヒミ:瀧見さんは、あの時代のキー・パーソンですね。
カジ:ほんとに。あの頃、フリッパーズ周りの僕らのシーンを何とか形にしたいと瀧見さんがレーベルを興し、そうして生まれたのが僕もカヒミさんも参加した『BLOW-UP』だった。
■『BLOW-UP』から生まれた渋谷系ムーブメント
――『BLOW-UP』のカジさんはbridgeだけでなく、Favourite MarineやRoofにも参加していますね。
カジ:Favourite Marineは神田朋樹くん、荒川康伸くんと僕の3人で、Roofにはbridgeの清水ひろたかくんや池水真由美さんもいて、メンバーが重複していたんです。
カヒミ:あの頃はコンピレーションが色々リリースされていたんですよね。
カジ:元をたどれば、80年代のネオアコの人気レーベルCherry Redのコンピ『Pillows&Prayers』やマイク・オールウェイが起ち上げたel Recordsのコンピ『London Pavilion, Vol.1』がヒントになったんだろうけど。
(※以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)
Ethology;(エソロジー)
https://ethology-media.com/Article/kaji-kahimi_1キービジュアル。moon bird 初のアルバム「Forest」
fikarast
@fikarast2
小山田圭吾くん
祭りはもう終わったんだ
どうやって飯食ってるの?
この二人
俺もチン毛に白いの混じって来たけど
ウィスパーボイスが聞いてて息苦しいし
なにより「ゆめいっぱい」が良すぎた
メイヤも好きだったわ
ボニーピンクのヘヴンズキッチンも好きだったけど
この曲がカーディガンズのプロシューサーのトーレ・ヨハンソンだったことは後で知った




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