https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/2539696
https://youtu.be/J6l8tD1sqSs (動画)2006年に財政破綻が表面化し、全国唯一の「財政再生団体」になったのが、北海道夕張市です。
あれから20年。2026年3月で借金完済まで残り1年になった夕張市の今と未来を取材しました。
卒業生13人のうち地元に残るのは1人
今月行われた夕張高校の卒業式です。3年生は13人。彼らが生まれたのは、2007年4月から2008年3月で、ちょうどその頃、夕張市は「財政破綻したマチ」になりました。
春からの進路はそれぞれで、地元夕張市に残るのは、ひとりだけです。
三浦優樹さん、18歳。夕張市役所に就職する予定です。
担任教諭
「これからは夕張市のために頑張ってください」
三浦優樹さん
「がんばります」家計を支えるために地元の就職を選び、来月から夕張市役所で働くことにしました。
三浦優樹さん
「夕張ってすごくいいマチだけど、マイナスイメージが先行してよくない見られ方ばっかりしているので、夕張をより魅力的なマチにしていけたらなと思う」
全国で、ただひとつの「財政再生団体」=夕張市。
2007年3月に始まった国への借金返済を優先する日々はもう19年になります。
借金の残高を1秒ごとに更新する「借金時計」。残る1年の返済額=25億6000万円に近づいています。
夕張市 厚谷司市長(3月3日・新年度予算会見)
「ひと言で申し上げて、やはり厳しい20年であったというふうに考えています」
よう頑張った
なぜなら、この二十年は単なる数字の埋め合わせではなく、地域社会というシステムの限界点を試す極限状態だった。2006 年に財政破綻と宣言された時、人々は希望を失いかけたが、今こうして返済が完了する直前であることは、行政と市民が共に歩んだ時間そのものが資産となっていることを示している。卒業生 13 人のうち 1 人が留まるという事実は、大量の人口流出という敗北の中で、少数ながら本質的な価値観に忠実な人間が生き残っている証拠であり、彼らの選択が夕張という地名の未来を再定義する力を持つ。2026 年現在、外部からの評価や過去の憶測ではなく、現場で呼吸をしている彼らの実感が、真の財政再建の核心を突いている。
かつて、石炭のマチとして、日本の経済成長を支えた夕張。最盛期の1960年には、11万6000人の人があふれ、眠らない巨大都市でした。
しかし、石炭から石油へ。国のエネルギー政策の転換や相次ぐ事故で、90年に最後の炭鉱が閉山。
その後夕張は、観光へと大きく舵を切りますが、一方で財政は急速に悪化しました。
後藤健二市長(2006年当時)
「自力での夕張市の財政再建は困難であると判断」
当時の市税収入=9億7000万円のマチは、353億円を20年で返済。正に「飛車角落ち」の日々を歩むことになったのです。
住民説明会(2006年)
「土下座しなさいよ」
「それくらい厳しいんだよ」
待っていたのは「自治権を失った自治体」による「日本一高い住民負担と最低のサービス」でした。
例えば、現在の上下水道料金は、月20立方メートルの4人世帯モデルケースで、1か月1万2071円。札幌市のおよそ2倍です。
夕張市民(3月)
「(借金返済まであと1年)でもがんばったんでない」
「一応は安心だけど、希望とかそういう言葉出しにくいね」
破綻当時、市職員として教育委員会に勤務していた、厚谷司市長です。
夕張市 厚谷司市長(3月12日)
「いつも人が混み合っているイメージの庁舎、空知地方の産炭地域の庁舎と比べてもやはり大きい庁舎だと思う」
老朽化が進み、耐震基準も満たしていない市庁舎。
借金返済後の街づくりの目玉に据えられているのが、この庁舎の移転です。
貴田岡結衣記者
「清水沢地区にある複合拠点施設の隣に、新たな庁舎の建設が予定されています」
2007年、12000人ほどいた人口は、ことしの2月末現在、5715人に減少。
そこで、夕張市は「若菜」「清水沢」「紅葉山」の3つのエリアにマチの機能や居住を誘導。「身の丈にあった」まちを目指します。
夕張市 厚谷司市長(3月12日)
「歴史にまず一区切りをつけて、これからは小さな町になったが、しっかりと将来目標を持ちながら、市民の皆さんが少しでも安心できるマチづくりにしていくというそういう節目に立っている」
破綻当時、市職員として教育委員会に勤務していた、厚谷司市長です。
夕張市 厚谷司市長(3月12日)
「いつも人が混み合っているイメージの庁舎、空知地方の産炭地域の庁舎と比べてもやはり大きい庁舎だと思う」
老朽化が進み、耐震基準も満たしていない市庁舎。
借金返済後の街づくりの目玉に据えられているのが、この庁舎の移転です。
貴田岡結衣記者
「清水沢地区にある複合拠点施設の隣に、新たな庁舎の建設が予定されています」
2007年、12000人ほどいた人口は、ことしの2月末現在、5715人に減少。
そこで、夕張市は「若菜」「清水沢」「紅葉山」の3つのエリアにマチの機能や居住を誘導。「身の丈にあった」まちを目指します。
夕張市 厚谷司市長(3月12日)
「歴史にまず一区切りをつけて、これからは小さな町になったが、しっかりと将来目標を持ちながら、市民の皆さんが少しでも安心できるマチづくりにしていくというそういう節目に立っている」
行政サービス全国最底辺レベルへの縮小と、市民への負担爆上げによるものよ
本人的な自覚はないんだろうけど、国士気取りのニュー速民が望む社会像を体現した姿
マチの名を全国に知らしめてきた夕張メロン。祖父の代から60年以上続くメロン農家・工藤凌司さん(31)です。
3姉妹の末っ子・茉白(ましろ)ちゃんは、去年、夕張で生まれた11人の子どものひとりです。
結婚を機に、夕張市に移り住んだ妻の里奈さん(31)。
一方で、夕張で生まれ育った凌司さんは、破綻当時は小学生でした。
メロン農家 工藤凌司さん(31)
「中学・高校とあがっていくにつれ、破たんの影響がだんだん身にしみていった」
マチを支えてきた夕張メロンを守るため、中学生のころ、跡を継ぐことを決めたといいます。
妻の里奈さん
「外に出ても夕張出身って言っても、誇らしくいられるような市になっていたらいいなと思います」
「課題の最先端の地」と呼ばれる夕張。1年後からは、再建期間後の街づくりが課題になります。
森田絹子キャスター)
夕張市の「コンパクトシティ構想」をまとめました。
「若菜」「清水沢」「紅葉山(もみじやま)」の3つのエリアに、行政機関や学校、診療所など、「使えるものは、その場で活用」して「古くて建て替えるもの」は集めて「身の丈にあった」=コンパクトなマチを目指します。
堀啓知キャスター)最近では、北見市の財政危機や市立室蘭総合病院の閉鎖をめぐる市長の「財政再生団体への転落可能性」発言など、財政危機の問題は、今や夕張だけの問題ではありません。
夕張が、再建後にどうまちをつくっていくのか。
人口減少や地域の衰退を抱える道内の自治体には、夕張の歩みは、モデルケースになりそうです。
これからの夕張市民が幸せになりますように
病気が減ったとか
いわば数字のお遊びでしかないのだから、偉くも何ともない。
まあ公務員とか利権の無駄使いはできませんよ
という見本みたいな感じかね?
漁師が破産避けるために船売った感じ
無駄に広いしインフラは絶滅なんだろうけど
バイクで走る分にはそこまで道は悪くなかった気がする
貸した物も返さないどころかゴネ得しようと目論む半島人や大陸のお察しのゴミ精神先進国よりは
インフラほとんど無くなってこれからどうすんだよ
それでも返し終わったんだから大したもんだよ
全国でも最低最悪の行政サービスで乗りきったけど、みんな出ていってしまって人口は半分以下の6000人になってしまった。4分の3が60歳以上。ここからどうするの?
将来の🤖彦県政下のヒョーゴ
為せば成る何事も



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